鯛の供養塔

黒崎に安養院という寺がある。天明2年(1782年)の春(この頃寺の前は海であった)、この沖が黒くなり魚島ができ、大きな鯛が海中を乱舞するのが見えた。漁師たちは、われ先に沖に漕ぎ出し、歓声をあげて網を入れた。すると網が今にも張り裂けそうになるほど鯛が獲れ、舟という舟は鯛で一杯になった。港に帰ると、村人たちはこんな大漁は初めてだと、喜びで沸き立った。水揚げ高は、数日の間に1年分を越えるほどで、こぞって皆家を新築したり、伊勢参りをしたりした。そして、鯛に感謝し、この供養塔を建てて鯛の霊を祀った。

(参考)倉敷の民話・伝説:森脇正之

 

安養院の東側(昔の海側)からの参道は桜並木となっている。

寺の境内にも桜の木やソテツが植えられている。

供養塔は安養院の門前の桜の木の根元にある。

供養塔の脇には鳥居があり、最近までここに荒神社があった。秋祭りにはここに千歳楽が集まったという。

玉島歴史民話伝説

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