文英様石仏

高松平野・中島関野家裏・天文三年銘石仏

 

関野家裏1号60

関野家裏1号59

岡山市高松の中島関野家裏の路地に、写真上のような4つの文英石仏が置かれている。車1台がやっと通れるほどの、狭い路地だ。片隅にうまく配置されているので、車からだと見過ごしてしまう。中央に立つ背の高い文英さんが、天分三年銘石仏だ。天文3年は、最古である高松城跡客人大明神の天文2年に次ぐもので、最も早期に作られた部類に入る。顔の部分はいかにも力強く、初期の特徴である細かいところにこだわらない大胆な技法で彫られている。顔以外の部位は不明瞭で、岩に溶け込むかのように見える。意図的にそうしたものか、風化による磨耗なのかは分からない。いずれにしても力強い表情と、いかにも見栄えのよい立ち姿が、人々に夢と希望を与えてきたことは間違いないだろう。この石仏は、文英の銘のある4つの石仏(他の3つは、大崎廃寺跡天文四年銘石仏、持宝院十一面観音中島関野家文英座元石仏)の1つである。また、これと同様に初期の作と考えられているものは、上記の高松城跡客人大明神(天文2年)、報恩寺十一面観音(天文3年)、大崎念仏講文英筆石仏(天文4年)、平山釈迦仏(天文13年)、持宝院十一面観音(天文14年)などである。トップ 2 3

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