楯築遺跡

 

楯築古墳内部58 尖塔57

楯築遺跡は、倉敷市矢部西山にあり、楯築弥生墳丘墓と言う。すぐそばの王墓山古墳、日畑廃寺跡を含めた王墓の丘史跡公園の中にある。名前の通り、弥生時代後期(3世紀)にできた全国最大の巨大墳丘墓だ。この足守川流域は瀬戸内海が深く湾入し、吉備の穴海と呼ばれる入り江であったが、次第に土砂で埋められ平野となり、吉備王国が誕生した。その王権が残したのがこの墳墓であろうと考えられている。主墳の頂の下から主人公の埋葬が発見された(写真左の公園の案内板の発掘写真)が、骨まで腐って無くなっており、人物の詳細は分からない。他に、鉄剣や首かざり、ガラス玉など数多くの副葬品も発見されているが、何よりも注目すべき点は、棺の下に大量(30キログラム以上)の朱(水銀朱)が敷かれていたことだ。王の遺骸を守るためであろうが、当時朱は不老不死の薬とされ、よほどの大物でないと大量に手に入れることは難しかった。このことから、墓の主が相当の権力者で、本気であの有名な卑弥呼ではないかと考えている研究者もいるから、話は面白くなる。トップ 2 3

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